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札幌高等裁判所 昭和26年(う)919号 判決

控訴人 被告人 長谷川国光

弁護人 上田保

検察官 木暮洋吉関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人及び弁護人上田保の控訴趣意は、各その作成名義の控訴趣意書に記載したとおりで、これに対する判断は次のとおりである。

(一)弁護人の控訴趣意について。

起訴状に記載すべき公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない(刑事訴訟法第二百五十六条第三項前段)のであるから、審判の対象となる事実は訴因によつて限定され、裁判所は訴因変更の手続を経ないで、起訴状記載の訴因と異る事実について判決することはできないものと解すべきである。然して、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない(同条同項後段)ので、起訴状記載の事実と、判決の認定した事実との間に、日時、場所、方法が全く異る場合には、両者の間に同一性ありと認むることの出来ないことは勿論であるけれども、日時、場所、方法に多少の相違あるだけで、直ちに同一性を否定することも亦合理的ではない。要は、日時、場所、方法によつて表示せられた両個の事実が、社会観念上同一視し得るか否かを判断して決すべきである。ところで、本件公訴事実のうち、賍物寄蔵の点について、起訴状の記載と原判決の認定との異るところは、起訴状では「被告人が自宅に保管して寄蔵した」というに対し、原判決では「被告人が被告人と同字の小林新二宅に保管を託して寄蔵した」という点だけであつて、寄蔵の日時、賍物の品名、数量は両者全く同一である。しかも、同一賍物を同時に二ケ所に寄蔵するということはあり得ないのであるから、右は訴因と同一の事実と認むべきは当然である。従つて、原審が訴因変更の手続を経ないで、前叙の点について起訴状の記載と異る認定をしたからといつて、審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたものということはできない。論旨は理由がない。

(二)被告人の控訴趣意について。

論旨は、原判示第一の詐欺、第三の横領の各事実について、事実の誤認があるというのであるが、右各事実は原判決引用の証拠によつてこれを認めることができるから、原判決に所論の事実誤認はなく、論旨も理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に従いこれを棄却し、訴訟費用の負担について同法第百八十一条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤田和夫 判事 山口昇 判事 長友文士)

弁護人上田保の控訴趣意

第一点原審判決は審判の請求を受けた事件について判決をせず又は審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある。

昭和二十六年七月三十一日附起訴状に記載された訴因は「被告人は昭和二十六年一月二日午後九時頃静内郡静内町字吉野町文化劇場前路上に於て浦河郡浦和町字井寒台金成煥より女物羽織一枚外衣類二点は盗品である事の情を打明られ之を知り乍ら同日前記盗品を静内郡静内町静内駅前から新冠郡新冠村字高江被告人宅迄搬出し以て運搬し其の頃同人宅に寄蔵したものである」というのであるが、原審は訴因変更の手続を経ずして「被告人は昭和二十六年一月二日午後九時頃静内郡静内町字吉野町文化劇場前路上において浦河郡浦和町字井寒台金成煥より女物羽織一枚外衣類二点を盗品であることの情を知つて同日右賍品を静内字静内駅前から新冠村字浜高江の被告人方迄運搬し、かつその頃情を知らない同所小林新二宅に保管を託し以て寄蔵し」との事実を認定した。

然し右訴因と原審認定事実とを比べて見るならば、訴因においては本件女物羽織一枚外二点を新冠郡新冠村字高江の被告人宅に寄蔵したことを賍物寄蔵とするに拘らず、原審認定事実においては右女物羽織外二点を新冠村字浜高江の小林新二宅に保管を託したことを賍物寄蔵とし、その罪名においては同一であるが、その犯罪の態様、場所等に顕著な相違があるのであつて、公訴事実としては同一性をもつておるといえるかも知れないが、訴因としてはその同一性を欠くのである。更に被告人としてもその何れが訴因となるかによつてその防禦の方法を異にするのである。しからば右は別個の訴因と見るべく原審は法定の手続を経ることなく唐突に訴因を変更したものというべく右は刑事訴訟法第三百七十八条第三号に審判の請求を受けた事件について判決をせず又は審判の請求を受けない事件について判決した違法あるものであるから原判決は破棄せらるべきものである。

被告人長谷川国光の控訴趣意

一、賍物運搬並寄蔵罪 是認致します。

二、詐欺罪 起訴状及判決にては私が「苫小牧栄町大岡旅館に宿泊費支払の意志なく三日間の投宿をなし、其れが宿泊代金「一六五〇円」の無銭宿泊を致して財産上不当の利益を得たとなつて居りますが、右は事実と相違致し、私は当時所持金も持たざる為其の旨右旅館方女中「氏名不詳」を介してお話し致し了解を得然して金策に奔走せるも金策も出来得ぬ儘に、支払の件に関しては私が出立日金策先より右旅館宛電話連絡をなして後日を約し居りました、然し其の後苫小牧市に立寄りし際、いまだ大岡旅館に立寄らざる中に此の旨申告致されて「苫小牧市警察員」に去る八月十三日逮捕されました、が、然し事情を話した末其の事情を「旅館主」及「市警員」より了解され同月十五日に同署を釈放されたものにして其の際、私が当時所持致し居りし「ウオールサム十石入懐中時計銀側」を右旅館主に「苫小牧司法署員家守敏男部長」の立会いにて手渡し現金持参の日までと約定致して一応の弁済にあてて居りし物にして勿論支払の意志も充分持ちしものなるを一審公判に於いて右事実を申述べたにかかわらず、右旅館方への照会に万全を期さず又させずに私が主張を認めざるの業に出、又支払能力を認めざりし判決なるも現実現在に於いて此れが支払いに「現金」決済出来得る事実にある事

三、横領罪 起訴状及判決に依れば「私が札幌市南五条西四丁目小万料理店方接客婦斎藤アサ子より保管さる腕時計一個(一千五百円相当)を保管中単に売却致して着服横領致したものと致しおり又認められましたが、右は事実に相違致し居り右時計は前記「斎藤アサ子」より同女が貸し付け居りしと云う「中村某」なるに対する「さいけん」一切の処理を委任され、又前記「中村某」の所在不明の場合は適切に処理致して其れの使用を許されて居りしものにして、横領では決してなく単に貸借関係に有りし物、之が事実を申述べたに対して私が右品を売却費消せる金額「四百円」の決済方の連絡を判事は一応当時私の弁護にあたりたる国選弁護人に任せるも弁護人の連絡不充分にして、私が義兄「日高国新冠郡新冠村字浜高江、田鎖只彦」に連絡致すに弁護人が続行公判までに返事の間に合わぬ期日に手配致せしを其の儘続行公判を開廷致して支払能力、支払意志、又決済も認めずに右事実を横領と断じ認めた事

右記二点を持ちて「賍物運搬並寄蔵罪」と併合判決となせるを不服と致して控訴申立てる次第です。

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